嘘と真実


八支則の「ヤマ(してはいけない規則)」の一つに「サッティア(嘘をつかない)」というルールがあります。

 

では、嘘の反対・・・真実とはなんでしょうか?

 

いま、こうして日本にいて、みなさんとお話ししている私。
私が持っている知識や若さは、「いまの私」にとっては真実です。
ところが時がたつにつれて、年齢や経験、知識の量・質は変化します。
昔は正解だと思っていたことが、正解でなくなる――正解ではないと気づくことだってあるのです。
そうすると、「いま」私が考えている真実は、真実ではなくなってしまいます。

 

私はヒンドゥー教の信者なので、「神さまはたくさんおられる」と信じています。
これは私にとっては真実ですが、イスラム教の人にとっては嘘なのです。イスラム教の教えでは「神さまは一人しかおられない」のですから。
つまり、何が真実で何が嘘かということは、誰にも決められないということになります。

 

「どれが嘘かわからないなら、サッティアという規則は意味がないじゃないか」と言う人もいるでしょう。
ところが、ちゃんと意味があるのです。

 

何が真実で何が嘘か、は言い切れなくても、自分の心を強くする(コントロールする)ために、サッティアは必要なツールだからです。

 

例えば――私が自分のスタジオで、世間で流行のカリキュラムを採用したとします。
私自身はそのカリキュラムの効果や内容を信じていないけれど、これを目当てに新しい生徒さんが来てくれることを期待して、のことです。
そのカリキュラムには効果があるような顔をして教えますが、「私は生徒さんに嘘をついた」ことになりますよね?

 

信じていないものを信じているように装ったのは、生徒さんを集めたいという欲があったからです。
誰にもバレてはいないけれど、私は「自分がその欲望に負けてしまった」ことを知っています。
私は自分にも嘘をついたことになるのです。

 

世界の何が真実か嘘かは言い切れなくても、「嘘をつかない」ということは、「自分がいま信じているものを正直に言う勇気を持っている」ということなのです。

 

ただし、正直に言うことは思ったことを考えもせず口にすることとは違います。
それは少し前にお話ししたある種の暴力になってしまうことがあります。
八支則の「アヒンサー(暴力をふるわない)」についてお話ししましたね。

 

欲に負けて自分や周りに嘘をつくことも、自分の内側を見ないで深く考えようとしないのも、ヨガの道を進んでいることになりません。

 

サッティアはプラーナ(気)の流出を防ぐだけでなく、私の真実=「自分が何を信じているのか」を確認するためにも必要な規則です。

 

心に問いかけながら、信じているものを正直に口にしてみてください。

 

あなたの言葉があなたの道を作ります。

 

勇気ある一歩が踏み出せますように・・・

 

yogi vini