ヨガ八支則 1段階目ヤマの規則「アパリグラハ」


 

八支則の「ヤマ(してはいけない規則)」の5つ目、最後は「アパリグラハ」。
「貪らない」という規則です。

 

「アパリグラハ」という規則は、物や仕事や結婚などを手に入れたあと、「何か(誰か)の持ち主になる」ということを戒めています。

 

持つことがいけないのではありませんが、
手に入れたモノを手放さないように頑張り続けると、どうなるのでしょうか?
持っているモノのために、考え方や行動がどんなふうに制限されているのでしょうか?

 

例えば……私はビニですが、同時に「ヨギ」です。
ヨギというのは、ヨガをする人(男女を問わず)のことです。ヨガをする女性は「ヨギーニ」と呼ばれることもあります。

 

私は「YogaVini」というヨガスタジオを運営しているので、自己紹介するときに「YogaViniのヨギ・ビニです」と名乗っています。
私にとって、YogaViniとヨギは守るべき大事なものですが、同時に、その大事にしたいモノたちに言動を制限されています。
「YogaViniのビニだから、こうしないといけない」「ヨギビニだから、こうしなければいけない」と考えたり行動したりする――自分自身で枠をつくってしまうのです。

 

枠をつくるということは、自分がその中に閉じ込もるということ。
閉じこもっていては、ヨガの到達点である「すべてのものと一つになる」ことはできません。

 

お金や仕事や肩書、家族や洋服――私たちはたくさん持てば持つほど、自分が大きく、豊かになった気がしますが、本当は逆なのです。
持ち物が増え、守るべきものが増えていくと、枠も増え、自分がどんどん小さくなっていくのです。

 

「私はインド人です」と言った瞬間、ひとりの人間から、インド人という枠をつくったことになります。
「インド人としてこうあるべきだ」「あの人はインド人じゃないから、〇〇だ」と考えたり行動したりするわけです。
インド人という意識(枠)を持つことで、成長するのではなく、後退してしまう。

 

では、この枠が溶けてなくなるとしたら、どうでしょう?

 

「私はYogaViniのビニです。インド人のヨギです」という自己紹介が、「私、ビニはインド人のヨギです」となり、「私はインド人のビニです」になり、そして、「人間のビニです」となるわけです。
ヨガ哲学の考え方では、人間にも動物にも同じ「気」が入っているので、最終的には「私は生き物です、あなたと同じですね」ということになる。
このように【枠をなくして、周りのものすべてと同じになり、溶け合うことがヨガの最終到達地点】です。

 

毎日ちょっとずつ、いろいろな枠をなくしていくことが「ヨガ」の修行になります。
「私はヨガを極めるわけじゃないから、この話は関係ない」なんて言わないでくださいね。
これは日常生活にも応用できることなのです。

 

枠をつくり、守るものが多いと、学校や会社、家庭や社会でいろいろなことや人と衝突します。
でも、枠をなくして「私とあなたは同じ」という感覚を持てば、対立することもなくなり、穏やかな気持ちになれると思いませんか?

 
 

枠をなくす修行をするときには、コツがあります。
いきなり大きな枠ではなく、小さい枠からなくしていってください。
小さい枠からなくす訓練をしていくことで、いつかは大きな枠もなくすことができるのです。

 

さて……考えてみましょう。
あなたはいま、自分の周りにどんな枠をつくっていますか?
何か(誰か)の持ち主という枠に囚われていませんか?
なくせそうな小さな枠は、どれでしょう?

 
 

yogi vini