「噓も方便」はあり?なし?

ヨガ哲学

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ヨガ八支則「ヤマ」の守るべき規則の一つ、「サッティア」のお話を前にしましたね。
「サッティア」は「嘘をついてはいけない」という規則です。

 

でも、「嘘も方便」という言葉がありますよね。
相手のためを思ってつくなら、その嘘はいい嘘なのでは? と思う人もいるかもしれません。

 

例え話をしましょう。

 

愛し合っている男女がいました。
結婚して最初の朝、彼女はコーヒーをいれて、彼に「どう? 美味しい?」と尋ねました。
彼は「美味しい! 僕はコーヒーが大好きなんだよ。これまでも毎日、コーヒーを自分でもいれてたよ」と答えたのですが――。
彼はコーヒーを好きではなかったのです。けれども、愛する彼女が自分のためにいれてくれたのだから、彼女を傷つけないように、とついた嘘でした。
それから長い長い年月がたって……彼は亡くなる前に、「大好きなあなたが毎朝いれてくれたおかげで、僕はコーヒーが好きになれたよ。ありがとう」と、感謝の言葉を述べました。
ところが、彼女は大変なショックを受けました。何年もの間、毎朝、愛する旦那さんに好きではないものを飲ませていた、と知ったのですから。
彼が彼女を傷つけまいと思ってついた嘘は、彼女を深く傷つけてしまいました。

 

誰かのためと思ってついた嘘も、いい嘘ではありません。
嘘をついた、という意識を持ち続けることになり、当然、プラーナ(エネルギー)は流出し続けます。
コーヒーの例え話からもわかるように、相手にとってもいいものではないのです。嘘だと知れば、その人を深く傷つけます。
深く傷つけることにならなくても、その人は「あなたが嘘をついていることを知っている」のですから、今度はその嘘を共有することになるのです。

 

嘘をつけばプラーナが消費されるのに、その負担を相手にも強いてしまうのです。

 

私たちは、損得や打算や欲気といったものにとらわれて行動しがちです。
でも、人生というのは、この一瞬だけでは終わりません。長いスパンで生きていくのです。その間、ずっと嘘を抱えて生きていかなければならない、と想像してみてください。
長い人生、一瞬の損得のために、嘘をついて自分や人のプラーナ(エネルギー)を流出させるべきではないのです。

 

勇気と愛と思いやりのある言葉があれば、彼女を傷つけることなく、嘘をつくことなく、気持ちを伝えることができます。

 

yogi vini