ヨガ八支則 1段階目ヤマの規則「アスティヤ」

 

八支則の1段階目「ヤマ(してはいけない規則)」の3つ目「アスティヤ」は、「盗まない」という意味です。

 

自分が持っていないものを他の人が持っているのを見たとき、「あれが欲しい!」という気持ちが生まれることがありますよね。
人の持っている物が欲しい、すごく欲しいけれど手に入らない、でも、どうしても欲しい!という欲求に囚われて、もし、「盗む」という行動に出るとドロボーになってしまいますね。
実際に「盗む」ということをしなくても、執着が生まれます。

 

この場合、重要なのは、人の持っているものを欲しいと「思った」ということです。
自分が持っていないものを見て欲しいという気持ちが起こる――これは、「心が動いた」という状態です。
心が動いて、「あれが欲しい」「手に入れたら幸せになれる」とあなたに囁くわけです。
その言葉を聞いたときから、あなたの努力が始まります。

 

すごく美しい人を見て、「キレイになりたい」という目的を持つことは悪くはありません。
ただ、「あの人と同じようにキレイになりたい」という気持ちを持つと、本来の目的を外れてしまいます。
あの人と同じようにキレイになっても、更に美しい人を見たら、もっと……という気持ちが生まれます。

 

あの人のように、お金持ちになりたい。
あの人のように、いい会社に転職したい。
あの人のように、いい結婚相手と巡り合いたい。
あの人のように、ステキな家を買いたい――。

 

その欲求が生まれると、「自分がいま持っていないもの」を手に入れようとするわけですから、大変なエネルギーが必要になってきます。
欲しい物を手に入れようと、努力をする姿勢が悪いわけではありません。
ただ、度が過ぎる執着によって、手に入らないことへの怒りや苦しみが生まれ、余計なエネルギーを使うことになります。

 

そうやって、必死で努力して手に入れても、別の人が持っているものを見るとまた欲しくなります。
持っていない自分は幸せではない、と思ってしまうからです。
そうして、「欲しい」という欲求は際限なく広がっていきます。

 

誰かの持ち物を意識している限り、あなたは努力し続けなければなりません。
お金にしろ、仕事にしろ、持ち物にしろ――どれだけ持てば、満足できるのでしょう?

 

サッティア(嘘をつかない)でもお話したように、余計な執着は余計なプラーナ(エネルギー)を使うのです。

 

私たちは欲しいものをすべて手に入れることはできません。
だから、心が動いたとき、その「欲しい」という自分の言葉を受け止めないでください。聞き流すようにしてください。

 

「アスティヤ(盗まない)」は「執着しない」ということに繋がるのです。

 

そもそも、幸せそうな人と同じものを持てば、自分も幸せになれる、という考えが間違っているのです。
たくさん持っている=幸せ、ではないですし、その人の「持ち物」があなたを幸せにするとは限らないのですから。

 
 

yogi vini