勝ち負け

<勝ち負けからヨガの道へ>

日本の柔道や相撲の精神が、私はとても好きです。
負けた人に手を差し伸べて助け起こす。相手のことを悪く言わない。勝った人も負けた人も平等で、お互いを称え合いますよね。相手の立場に立って考える、素晴らしい精神です。

私たちは日々、勝ち負けを意識しがちです。私も、かつてはそうでした。
インドの日本車メーカーの工場で、私は、働いていました。チームの責任者という立場でしたし、何より別のチームを率いている責任者――Aさんとしておきましょうか――に負けたくなかったのです。
会社ではライバル同士がお互いの成果に嫉妬し、足を引っ張り合っていました。当時、私自身は認めていませんでしたが……私とAさんもお互いの足を引っ張っていたのです。

ある日、Aさんのパソコンから機密情報が洩れてしまいました。取引先はもちろん激怒。会社は大騒動で、このクレームに一丸となって対応しました。私も損害が広がらないよう、必死で働きました。でも……心のどこかで、(よし!)と思ったのです。この失敗のおかげで、私はAさんに勝てるのですから。
事態はなんとか収拾できましたが、四ヶ月後、居づらくなったAさんは会社を辞めました。(やった!)と私は喜んだのですが、喜んだ直後、ハッとしました。(今の、この喜びはなに?)――Aさんは失敗し、負けて会社から去りました。人の不幸を喜んでいる自分が気持ち悪く、(最低だ……)と思いました。そんな自分が許せなかった。

私は懺悔するために、思い切ってAさんを飲みに誘いました。
ところが彼は、私が勝ちを見せつけるために呼んだと思ったようです。彼は私と会うなり、「たくさんのオファーが来ていて、どこにしようか迷ってるよ」「辞めても何も困っていない」と言いました。
私は(それならよかった)と安堵して、彼に謝りました。「会社にいるとき、あなたの足を引っ張っていました。ごめんなさい。そんな自分に気づいて、とても反省しているんです」と。
彼は面喰っていましたが、やがて、言いました。「Viniさん、あなたは毎日16時間も働いていたでしょう? 私はあそこまではできない。できない自分が情けなくて悔しくて、私もあなたの足を引っ張っていました……」
彼は更に打ち明けてくれました。仕事を辞めたきっかけが大きなクレームだったために、新しい就職口がなかなかないこと。子どもがまだ小さく、子育てやお金のことを考えると心配で堪らないこと――。

試合で勝つ人もいれば、負ける人もいる。負ける人にも家族がいるのです。
Aさんと話してから、私は相手の立場に立って考えるようになりました。

そして、私も仕事を辞めました。
【人との勝ち負けのために戦うのではなく、自分が生きるためだけに戦う】ことにしたのです。